「冬と銀河ステーション」宮澤賢治
そらにはちりのやうに小鳥がとび
かげらふや青いギリシヤ文字は
せはしく野はらの雪に燃えます
パッセン大街道のひのきからは
凍ったしづくが燦々〔さんさん〕と降り
銀河ステーションの遠方シグナルも
けさはまっ赤〔か〕に澱んでゐます
川はどんどん氷〔ザエ〕を流してゐるのに
みんなは生〔なま〕ゴムの長靴をはき
狐や犬の毛皮を着て
陶器の露店をひやかしたり
ぶらさがった章魚〔たこ〕を品さだめしたりする
あのにぎやかな土澤の冬の市日〔いちび〕です
(はんの木とまばゆい雲のアルコホル
あすこにやどりぎの黄金のゴールが
さめざめとしてひかってもいい)
あゝJosef Pasternackの指揮する
この冬の銀河輕便鐡道は
幾重のあえかな氷をくぐり
(でんしんばしらの赤い碍子と松の森)
にせものの金のメタルをぶらさげて
茶いろの瞳をりんと張り
つめたく青らむ天椀の下
うららかな雪の臺地を急ぐもの
(窓のガラスの氷の羊齒は
だんだん白い湯気にかはる)
パッセン大街道のひのきから
しづくは燃えていちめんに降り
はねあがる青い枝や
紅玉やトパーズまたいろいろのスペクトルや
もうまるで市場のやうな盛んな取引です
※太字の部分が土沢が市日でにぎわう情景を賢治が詠んでいる部分と言われています。平成20年11月建立
|