■■■ 新渡戸記念館周辺 ■■■


西隣/安野橋 北隣/胡四王山 新渡戸記念館 新渡戸家屋敷跡 安野稲荷神社
※地図上の記号をクリックしてください。

【地図】
花巻市内から東へ約4.5qに位置する胡四王山の南方の田園地帯。国道283号線が東和町に向かって東西に延びています。この辺りまで来ると幹線道路以外は路上駐車も可能。

【隣接地図】
北側/胡四王山(宮沢賢治記念館、童話村、イーハトーブ館、胡四王神社)
西側/安野橋(S美容院藤棚、矢沢小学校、矢沢中学校)
【地図内地名・施設名】
花巻新渡戸(にとべ)記念館、矢沢(やさわ)球場、矢沢地区社会体育館、高松(たかまつ)
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【バス停】
1.札長根(ふだながね)
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【花巻新渡戸記念館】記念館1
5千円札の肖像画で有名な新渡戸稲造は、この地を拠点に220余年にわたり地域に貢献してきた武士の名門、新渡戸氏の子孫にあたります。この記念館は一族と花巻との関わりが展示物や映像、パソコンなどで知ることができます。
専用無料駐車場あり。バス停1より徒歩約10分。入場料一般300円、小中校生150円。開館時間9:00〜16:30。休館日 毎月曜日(祝日の場合は翌日)、12月28日〜1月4日。
TEL0198-31-2120
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【新渡戸家屋敷跡】石碑1

新渡戸稲造先祖の地

 人皇第五十代垣武天皇の第五皇子葛原親王が新渡戸家の祖である。三代の高望王は宇多天皇より平姓を賜わり平氏の祖となった。現在の千葉市に居城し千葉姓を名乗りその守護職となった。二十代信盛から新渡戸と姓を改めた。
 以来、慶長年間三三代春治(新渡戸内膳正)に至り、南部利直公に仕えてから盛岡藩士となり、現在の花巻市高松安野に住み高松村を知行した。四二代常訓(十次郎=稲造の父)も花巻城で生まれたが、十和田市三本松開拓の祖となった四一代常澄(傳=稲造の祖父)と共に開拓に精魂を傾けた。
 現在十和田市の新渡戸家は分家として明が継ぐ。四三代の七郎に子なきため弟の稲造が四四代となり新渡戸の本家を継いだ。花巻市の高松は三三代春から四十代維民が盛岡市に移住するまで、二二八年間も新渡戸家が住み「新渡戸家屋敷跡」の石碑や、同家の氏神でもある正一位安野稲荷神社もあるゆかりの地である。

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【安野稲荷神社】建築物1
 花巻系新渡戸本家二代目貞紹(天和元年(1681)没)が、夢枕に現れた紫波稲荷大明神の分霊を屋敷の居久根林に勧請し、以来一族の氏神として信仰祈願した神社である。
 元治元年(1864年)花巻本家八代目新渡戸傳、九代目新渡戸十次郎、その子邦之助の連名で、正一位稲荷大明神の神号が下賜された。その際、新渡戸傳の五十両をはじめ地区民一一四名の寄付によって神社境内の整備が行われた。
 現在の本殿は、名棟梁高橋勘次郎の弟子、南館喜六が棟梁となって明治二十九年(1896年)に建立されたものである。
 祀られている神像は狐の上に立っており、通形の稲荷神社と異なった珍しいお姿である。五穀豊穣祈願として稲荷明神と、災難、病難の防除祈願としての秋葉山大権現の合体像で、両者の祈願を備えた神像と言われている。江戸初期の頃の製作と見られ銅を鋳造して作られた手の込んだ仕上げとなっている。
 天保八年(1837年)新渡戸家盛岡移住後は、この地区の人々によって大切に守られ、地区住民の氏神として信仰を集め現在に至っている。

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