■■■ 広隆寺周辺 ■■■



※地図上の記号をクリックしてください。

【地図】
花巻駅北西の四日町商店街とJR東釜石本線にかこまれた住宅地域。特に水路と県道に囲まれた地域は古くからの町。歴史的寺院が多く点在している。特別、駐車場としてはなく各公共の施設に付随した駐車場が利用可能。バス停は商店街沿いにあり。


【地図内地名・施設名】
広隆寺の大イチョウ、四日町(よっかまち)、愛宕町(あたごちょう)、下幅(したはば)、桜台(さくらだい)小学校、花北(はなきた)地区コミュニティーセンター兼花北会館、マルカン自動車学校
地図にもどる


【広隆寺の大イチョウ】樹木1
広隆寺本堂前にある大イチョウは、樹齢600年程とされており、寺が下似内より移って再建した際に植樹したものと言い伝えられている。
大イチョウは、古木特有の主幹に乳房状の突起があらわれており、幹には空洞もなく今もなお空に向かって欣求浄土の枝を伸ばしています。
また、近隣に住む古老の話として、「この大イチョウのはが一斉に落ちる頃になると雪が降り出す。」と言い伝えられている。

駐車は可能ですが参拝者用のもの。参拝してからゆっくりと見ましょう。
秋には全部の葉っぱが黄色に変わり見事なのですが、実がなるので参拝には履き物に匂いがつきます。注意してください。
地図にもどる






【談義所松子の墓】墓碑
慶長5年(1600)5月、南部利直の山形遠征の際に乗じ、和賀忠親(主場)は、伊達政宗の応援を得て鳥谷ヶ崎城に攻め入った(花巻城夜討)。このとき、城の一大事を聞いて多くの町方が加勢に馳参じたが、この中に広隆寺門前に住む松子と浦子がいた。
特に松子は城主(郡代)北松斎を助け、鉄砲をうつなど目覚ましい働きをした。
戦いが終わり、北松斎は、松子に一生一人扶持を与え、その功に報いた。
広隆寺境内本堂南側に、風雪にさらされ、文字の判読もおぼつかない石碑が建てられているが、これが松子の墓と言い伝えられている。
地図にもどる

イーハトーブの風の森TOP
TOPに戻る