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和味一里塚
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【和味一里塚】 地図/YahooMaps

煙山ダムより少々南に下った「稲荷街道」沿いにあります。めずらしく街道の両側とも残っているが、ちょうどカーブの所にあり自動車だと瞬間的に見逃してしまう可能性大。自動車はダム側に駐車できます。
和味一里塚 矢巾指定史跡
和味一里塚は、38代南部藩主南部利済公が天保5(1834)年10月から翌年4月にかけて、志和稲荷神社参詣のため稲荷街道を整備させた時に築かれた一里塚です。
この時、川久保を起点に赤林、和味、上松本の三カ所に一里塚が築かれ、今も町内の赤林と和味の一里塚は現存しています。
江戸時代の一理は三十六丁(約4km)ですが、稲荷街道は室町時代の四十二丁(約4.6km)を使用しているため、奥州街道よりは塚の間隔が長くなっています。
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【和味一里塚】 地図/YahooMaps

煙山ダムより少々南に下った「稲荷街道」沿いにあります。めずらしく街道の両側とも残っているが、ちょうどカーブの所にあり自動車だと瞬間的に見逃してしまう可能性大。自動車はダム側に駐車できます。
和味一里塚 矢巾指定史跡
和味一里塚は、38代南部藩主南部利済公が天保5(1834)年10月から翌年4月にかけて、志和稲荷神社参詣のため稲荷街道を整備させた時に築かれた一里塚です。
この時、川久保を起点に赤林、和味、上松本の三カ所に一里塚が築かれ、今も町内の赤林と和味の一里塚は現存しています。
江戸時代の一理は三十六丁(約4km)ですが、稲荷街道は室町時代の四十二丁(約4.6km)を使用しているため、奥州街道よりは塚の間隔が長くなっています。
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